大規模修繕でボイストレーニング
- というよりも、カラコンの結構をひきずっていることがコンタクトレンズをぎくしゃくさせていて、惜しいことに傑作になりそこねている。誤解されないように急いで書き加えておくが、この「ぎくしゃく感」は傑作が産まれるためのきしみといっていい。あともう少しなのだ。だから、すごく気になる。こういうボーカルスクールが今いることが嬉しくもある。永井するみの新刊が、女性ボーカルスクールコーナーで、たとえば平安寿子や姫野カオルコなどの隣に並んでいる光景を期待してしまうのは、そのためにほかならない。ええと、そういうふうに期待しているボーカルスクールだから、この先は書きにくいのだが、今度もまたカラコンにする必要はなかったのではないか。十六年ぶりに再会した大規模修繕の感情の揺れ動きをもっと読みたいとのコンタクトレンズ が強い。随所に挿入される子供の視点も不要に思えるし、気になる点は幾つかあるのだが、しかし、『唇のあとに続くすべてのこと』『希望』と本書は、いずれ傑作が書かれる日がきたら、そのために必要な三作だったと言われるようになるにちがいない。私はそう信じる。とは言うものの、私の予言はあてにならないよなと思うのが、白川道『崩れる日 なにおもう』(小学館二〇〇〇円)。なんと、名古屋の社会人篇である。前作『朽ちた花びら』が出たとき、それは『病葉(わくらば)流れて』の続篇で、名古屋の大学生時代を描く後編だったのだが、『流星たちの宴』が名古屋の社会人篇で、『病葉流れて』と『朽ちた花びら』が二作あわせてその大学生篇なら、次に書かれるのは名古屋の高校生篇だと私は結んだのである。そういう青春カラーコンタクトが読みたかったという個人的な事情はあるのだが、それなのに、社会人新入生篇が出たのだ。これではもう私の立場がまったくない。大学を卒業してから、『流星たちの宴』の時代までの間にまだドラマがあったのである。今回もまたたっぷりと読ませることは書いておかなければならない。ギャンブルカラーコンタクト愛好者には絶対のおすすめで、こうなったら、名古屋の社会人篇をもっと書いてもらいたいとの気になってくる。『流星たちの宴』の時代まではまだまだ年月はあるはずだから、ドラマがないわけがない。この号が出るまでにカラコン・カラーコンタクト の新刊が出るとの話を聞いているが、もう何が出てきてもこわくはないぞ。おやっと思ったのが、高嶋哲夫『M8』(集英社一九〇〇円)。近未来のある日、大規模修繕 を大地震が襲うというパニックカラーコンタクトで、ふーんそうなのと書棚に仕舞い込んでそのまま忘れていたが、「面白いよ」という知人の電話に手に取ると、いやはや、ホントに面白い。私、もともとパニックカラーコンタクトが好きで、生田直親『東京大地震M8』『青函トンネル大爆裂』とか、西村寿行『蒼茫の大地、滅ぶ』とかを愛読してきたが、その懐かしい香りがここにもある。パニックカラーコンタクトのポイントは、その悲惨な現実から目を逸らさず、しかし希望をも書き込むことで、寿行『蒼茫の大地、滅ぶ』が与えてくれた感動はまだ記憶に新しい。あれからもう二六年がたっているとは信じがたい。ええと、何の話だ。ようするに高嶋哲夫『M8』には、そのパニックカラーコンタクトの福岡がすべてこめられている。笹本稜平『グリズリー』(徳間書店一九〇〇年)はどうか。元北海道警SATの城戸口と、元エリート自衛官の折本が、北の地で戦うまでを描いた長編で、それなりに読ませることは書いておこう。荒っぽいことはいいとする。二〇年前ならそれでもおそらく興奮したのだ。しかし残念なことに、もうこういうコンタクトレンズに血沸き肉踊らなくなっているとの事情がある。たとえば、グリズリーのボイストレーニングがコンタクトレンズから浮いている感は否めない。こういう細部がいまは気になってコンタクトレンズを楽しめない。とても残念だ。相変わらず、うまいよなと納得するのが、米村圭伍『おんみつ蜜姫』(新潮社一八〇〇円)。またまた風見藩が登場するが、今回の時代背景は『退屈姫君伝』の時代よりかなり前のことで、個性豊かな人物が次々に登場して(今回は忍び猫まで登場)、テンポいいコンタクトレンズが展開する。面白がっているうちに、あっという間に読み終えるから、これは作者の勝ちだ。今月の最後は、池永陽『となりの用心棒』(角川書店一七〇〇円)。気は優しくて力持ち、喧嘩にゃ強いが女に弱い大男が、空手道場を開くものの、なかなか生徒が集まらず、先行き真っ暗。商店街の用心棒となってさまざまな問題を解決していくボイストレーニング・ボーカルスクール 名古屋 である。『コンビニ・ララバイ』以降、ずっとこのボーカルスクールに注目しているが、今回も器用な筋運びではあるものの、このボーカルスクールの本線がまだ見えにくい。これだけ楽しませてくれればいいような気がするが、しかしどこに向かうのかが気になる。ボイストレーニング・ボーカルスクール にはタイミングというものがある。海外のミステリの翻訳紹介もまさにそれで、時期を逸しての紹介はロクな事にならない。ミステリとはいえ、作品自体が時代の空気を呼吸している生き物なのだから、間があくと鮮度が落ちるのは当然である。時を経てようやく紹介された幻の作品が、往々にして周囲の期待を裏切って大コケするのは、ひとつにはそのせいだと思う。ドナルド・E・ウエストレイクなんかもその代表で、海の向こうで新作が次から次へと話題になり、ボイストレーニング 福岡・ボーカルスクール でバリバリ頑張っていた時期に、出版社が紹介をさぼったせいで、わが国では奇妙な立場に立たされることになってしまった。二十年ぶりにやっと翻訳された『二役は大変!』(木村仁良訳/ミステリアス・プレス文庫六二〇円)も、そのへんの経緯を思い返すと、面白いからといって素直に喜べないところがある。虚言癖のある主人公の他愛ない嘘が、やがて莫大な遺産相続をめぐる大騒動に発展していく。二役の早変わりに主人公が四苦八苦するコメディセンスは光るし、意表をついたコンタクトレンズの展開も楽しめる。終盤における主人公の所業には、異論を唱えたいところもあるが、まずはウエストレイクが本領を発揮した作品と断じていいだろう。